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今昔物語
十四
令諦方広経知父成牛語第三十七今昔、大和の国添上の郡山村の里に住ける人有けり、十二月に方広経お令転読めて、前の世の罪お懺悔せむと思て、僧お請ぜむが為に使お遣る、使問て雲く、何れの寺の僧お可請きと、主の雲く、其の寺と不撰ず、唯値はむに随て可請しと、使主の雲ふに随て出でヽ行くに、道に一人の僧値へり、其れお請じて家に将行、家主心お至て供養す、其の夜僧其の家に宿す、家主衾お持来て僧に覆ふ、僧此の衾お見て極て用に思て、心の内に思ふ様、明日定めて布施お令得めむとす、其れお不得ずして、唯此の衾お盗て、今夜ひ逃なむと思て、夜半に人の無き隙お量て、衾お取て出づる程に、音有て雲く、其の衾盗む事無かれと、僧此れお聞て大に驚て、窃に出ると思ひつるに、人の見けるお不知ずして、誰が雲ひつる事ぞと思て、立留て音の有つる方お伺ひ見るに、人不見ず唯一の牛有り、僧此の音に恐れて返り留りぬ、倩ら思ふに、牛の可雲きに非ねば、恠び思ひ作ら寝ぬ、其の夜の夢に、僧牛の辺に寄たるに、牛の雲く、我れは此れ此の家の主の父也、前生に人に与へむが為に不告ずして、子の稲お十束取れり、今其の罪に依て牛の身お受て此の業お償ふ也、女は此れ出家の人也、何ぞ輒く衾お盗て出る、若し其の虚実お知らむと思はヾ、我が為と座お儲けよ、我れ其の座に登らば、即ち父と可知しと雲ふと見て夢覚ぬ、僧恥ぢ思て明る朝に人お去て、家主お呼て夢の告お語る、家主悲て牛の辺に寄て藁の座お敷て雲く、牛実の我が父に在さば、此の座に登り給へと、牛即ち膝お屈て藁の座に登り座しぬ、家主此お見て音お挙て泣き悲て雲く、牛実の我が父に在しけり、速に前の世の罪お免し奉る、亦年来不知して仕ひ奉つる罪お免し給へと、牛此れお聞き畢て、其の日の申の時に至て涙お流て死ぬ、其の後家主泣々く夜前覆へる所の衾、及び余の財物お僧に与ふ、亦其の父の為に 修しけり、僧衾お盗て去ましかば、此の世にも後の世にも惡しかりなましとぞ心の内に思ひける、僧の語るお聞き継て、此く語り伝へたるとや、