西遊記

二

猟犬
薩摩は武国にて、若き人々山野に出て鳥獣お猟る事、他国よりも多し、すべて山野に猟するには、よき犬お得ざれば不協事なり、彼辺の犬、常の人家に養ひ飼ものは、長け低く上方の犬よりも少し小なり、常に座敷の上に養ふて、上方の猫お飼ふがごとし、至極行儀よく、上方の犬よりは柔和なり、異品といふべし、又猟に用る犬は、格別に長〈け〉高く猛勢にて、座敷に養ふことなく、上方の犬お飼ふ通りなり、其猛勢なる事は、上方の犬に十倍せり、先年虎の餌の為に、彼国の犬お入れしに、其犬虎の嗌に咬み付て虎お殺せし事、世間の人の物語にあるごとくなり、かゝる猛勢なる、犬ゆへに、常々は二三匹寄り集れば早必咬合て喧しきに、大勢猟に出る時などは、諸方の犬お皆々各繫ぎて牽行事なるに、町お出るまでは側近く寄れば必咬合て騒けれども、既に山に入ると、其犬ども常々はいかやうに中惡敷、よく咬合ふ犬にても甚中よく成りて、綱お解き離して、犬の心任せに馳廻らすれども、犬同士咬合ふ事無く、互に助合て山お働くなり、是向ふに猪鹿といふ敵あるゆへに、犬ども皆一致の味方に成りて中よき事とそ、是に依ていふに、むかし朝鮮御陣の時、彼地にては、日本人いかなる者も皆一致に成りて、相互に助け合ひ、至極親しかりしとそ、向ふに異国人の敵あるゆへに、日本人同士は格別に親しみ厚く成りける事猶の事なり、一家の中にても、親子兄弟夫婦等の中あしく争ひ怒る事は内証ごとにて、畢竟は栄曜我儘などともいふべきにや、も、し盗賊にても入らば、いかなる中悪敷家丙にても一致に成りて防ぐべし、此故に詩経にも兄弟かきにせめげども、外には其あなどりおふせぐとも見へて、他人の親しきよりは、中悪敷骨肉の方厚かるべし、此所お心おひそめて考へ弁へば、自ら友愛弟順の道に、も協ひて、親しきより以て疎に及ぶの致おも知るべし、人畜の別なく、同種の親しみ同根の愛は、天地自然の道なり、