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古今著聞集ぬ十六/興言利口
一条二位入道〈能保〉のもとに、下太友正と雲随身おさなくよりみや仕へけり、禅門天下執権の後、諸大夫侍おほく初参したりけるに、此友正我ひとりこそ、年頃の者にては侍れとて、一座おせめけるお、傍輩ども悪む事限りなし、去程に其近辺に事なのめならず、人くふ犬有けり、侍其寄会たりけるが、其犬とりてんやと、何となく雲出したりけるに、友正やすく取てんといひけるお、傍輩其よきついでにくはせんと思て、皆一方に成てあらがひてけり、友正雲やう、したゝめおほせたらば、殿原皆引出物お一づゝ友正にたびてはかりなき事おすべし、若取得ぬ物ならば、友正其ぢやうにきらめくべしと雲堅めてけり、かくて友正葛袴にそば取りて、件の犬の前お過けるに、案の如く、犬走りかゝりて、大口あきてくいつかんとするお、友正拳お握りて、犬の口へ突入てければ、犬敢てくはず、今片手にて、かうづるお取りて、死ぬばかり打てけり、其後此犬人くふ事なく成にけり、あらがひつる侍共、目もあやに覚えて、ゆゝしき事して引出物取らせけり、すべてあらがひおこの事也、