燕石雑志
五上
俗呪方解犬毒、犬に齧傷られたるとき、はやく冷水お汲て、傷られたる処お浸し、ふたゝび糞汁に漬て、そのまゝ痍(きず)の上に灸して、急に蝦蟇湯〈蝦蟇一枚去首尾〉お用ふべし、もし活ながら蝦蟇お捕、その股の肉お食へば、その効いよ〳〵速也、大約瘈犬のみならず、禽獣怒るときは必毒あり、猫鼠鶏の類みなしか也、手して鼠お捕ふべからず、牡鶏の闘ふとき、手おもてこれおわくべからず、徜傷らるゝことあれば、その毒瘈犬と異ならず、但犬毒お酷しとす、齧れたるとき、痍浅く痛深からずとも、療治等閑なれば、その毒期月に至て再発し、終に命お隕すものあり、或は狂乱して狗鳴おなすものあり、これその毒煽なるによつて也、怪むに足らず、縦仙丹神薬お用るとも、赤小豆お忌むこと三年つつしまざれば、毒の発すること初に倍して救ひがたし、恐るべし、主ある犬も生人お見れば、その人お齧傷るあり、これらは速に打殺してその害お除くべし、婦人の情おもてこれお憐むべからず、この犬罪あり、畜生お愛して人お害することあらば、主人の徳お傷ふなり、東海道岡部駅より十八九町ばかりなる田舎に、犬除の符お出す家あちといふ、その名お忘る、尋ぬべし、