太平記

二十二

畑六郎左衛門事
畑六郎左衛門と申は、武蔵国の住人にて有けるが、〈○中略〉彼が甥に所大夫房快俊とて、少しも不劣悪僧あは、又中間に悪八郎とて欠唇なる大力あり、又犬獅子と名お名たる不思議の犬一匹有けり、此三人の者共闇にだになれば、或は〓子甲に鏁お著て足軽に出立時もあり、或は大鎧に七つ物持時もあり、様々質(てだて)お替て敵の向城に忍入、先件の犬お先立て城の用心の様お伺ふに、敵の用心密(きびしく)て難伺隙時は、此犬一吠吠て走出、敵の寝入夜廻も止時は、走出て主に向て尾お振て告ける間、三人共に此犬お案内者にて、屏お乗越、城の中へ打入て、叫喚て縦横無碍に切て廻りける間、数千の敵軍驚騒て城お被落ぬは無りけり、夫犬は以守御養人といへり、誠に無心禽獣も、報恩酬徳の心有にや、