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仲飼養書
一夫仲は、いにしへ交止国より渡り候て、交止の狗ゆへ、交止狗と申候、いつの頃よりか、毛ものへんに中と、中文字にて、仲と善ならわし申候、又かぶりと申は、阿蘭陀人持渡り候、水犬とも申候、水くゞり候事はしつけ不致候得ば、相成不申、右のかぶりお、江戸にて毛長の仲にかけあわせ候てがぶり亦は毛長半毛長抔いでき候ものゝ御座候、唯今におらんだかぶり持わたり御座候得共、とかく大かぶりにて、かたち見ぐるしく、又薩摩種と申、四足のみぢかき仲、かおなぞもなれ〳〵して、地犬のちいさきかたち御座候へ其、是は近年かたちあしきゆへに、もてあそび不申、おり〳〵まへあしのひらきぢひくなる、毛つまりかたちあしき仲、時といたし候と、見当り申候事も候へ共、是右は薩摩種と存候、まことなるさつま犬御座なく候、三拾年程いぜんには、鹿だちと申、毛の至極につまり、四足はほそく、〓たひじんじやうにて、すつかりといたし候て、〓体身ぎれひなるゆへに、仲もはやり、近頃は四足みぢかくて、ほそく、じんじやうにて、まる〳〵といたし候仲、人々もてあそび申候、右の形ちの仲は、おふ方半毛長なるものにて、ほん毛づまりは無御座候、上田筋と申は、前にしるし候鹿立にて、いかにもじんじやうにて、白赤のぶちか、亦は白黒ぶちの毛のはへぎはしつかりとまことにすりたるよふになり、ぶちも日の丸と申て、白赤黒ぶち成り候ても丸くなり候、ぶちとかくぶちの内にも、一つそこらはせひ出申候ものにて、しつかりとわかり、頭のかまへも、口もじんじやうにて、目のはりよく、耳はあふきく、たれ候てこれなく、半分たれ候かたおふく御座候、しかし半たれにても、大きくたれ候よりは、かたちよく見へ申候、一体品よく御座候、此外江戸にて掛合せ、上田筋、大島すじ、溜屋筋、平松すじ、浅草さんやすじなぞと申て、いろ〳〵御座候へ共先は上田すじ宜御座候、仲は渡りは勿論、京大坂長崎其外の国々にも、江戸にて出来候仲程、ちいさくじんじやうなるは無御座、とかく仲は、平常かいしつけよく致し、さかりつき、かけ候節も、仲のすじお見わけ合せ、子仲の内より、両便のしつけくせのつき不申様致し、奇麗に致し候事、かんよふに御座候、近年は所々に仲多く御座候得共、二三拾年以前と違ひ、飼方しつけ、えかひとふ惡敷がけあわせ悪敷になり候也あまりよき仲も出来不申療治かたも、平常のかいかたにて、薬なぞもよくきゝ、あまりやみ候事もなきものに御座候療治、仲の様子おとくと考へ、薬は用ひ申候、先あら〳〵斯の如し、
一男仲は、生れてより拾五け月目あたりより、女仲にかけ申候、初めかけ候節は、一度かけ、一日あひお置かける、其節随分かい方つよく、えがひいたし候、猶夫より三け月四け月もあいお置かけ申候、とかく仲あせりのつかぬ様に、かゝりぐせのつかぬ様に致す事口伝あり、
一女仲は、生れてより丈夫なる仲は、九け月め十け月あたりに初さかりつくものなり、よわき仲は、十一け月より四五け月ぐらい迄にさかり付も有之、初さかりは、まづは一つかけおきとふすがよき方、はつさかりよくかいこみかける時は、うみ候事もよく、段々かいかた口伝あり、
一女仲は、さかりつきてより、十四日めあたりより、男仲にあわすべし、又十二日めぐらひより、男仲このむもあり、これはさかりのつき候お見そこなひと存候、さかりの内に、早遅いろ〳〵あり、さかりのつき候前に、開(かい)の口より白き物出、かいおとぢる事、其の前三四日もすぎ、ほんものになる、夫より二七日ぐらひも立て、男仲にさかり候ものなり、
一女仲は、かゝり候て、かけとめの日より六十一日めには、産とこゝろふべし、かけはじめの日より六十日にうむもあり、是は初めより毎日一つ宛三日かけ候へば、是かけとめより、五十七日目ぐらひにあたるゆへ、そだち候得ば、かけはじめより五十七日目にうむ時は、まつ日も不足ゆへ、そだつ事さだかなり、
一うみまへに、不食なぞいたし、病気の節用ひ候薬法しるし候、
一山査(さんざし) 弐分 一縮砂(しゆうしや) 同 一香附子(かうぶし) 同 一甘草(かんぞう) 少し 一黄蓮(おふれん) 壱分
右せんじ用ひ、又はんごん丹なぞ用ひてよし、奇応九は忌むべし、又、香砂(かうしや)平胃歓なぞ、烏薬(うやく)お加 へせんじ用ゆ、仲は魚のどくあたる事多くあるもの故に、山査子(さんざし)は少し宛も加へるがよし、 ○按ずるに、本書の奥書に、或雲く、旧幕府時代麹町貝坂辺に、仲医者あり、是蓋し其者の著述ならんとあり、