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兎園小説
二集
まみ穴、まみといふけだものゝ和名考並にねこま、いたち和名考、奇病、〈附錄〉
著作堂主人稿
猫は和名抄〈毛群部〉に、和名禰古万なり、しかるに中葉より下略して、禰古といへり、枕草紙〈翁丸の段〉に、うへにさふらふおんねこは雲々といひ、又源平盛衰記〈義仲跋扈の段〉に、猫間中納言の猫に、間の字お添へたり、こは猫一字にてはねこと読む故に、猫間と書きたるなり、これふるくよりねこまといはず、ねことのみ唱へ来れる証なり、しかれども彼お呼ぶときは、上略してこま〳〵といふ事、枕草紙〈これも翁丸の段〉に見えて、今も亦しかなり、いづれまれ略辞なれば、物にはねこまと書くこそよけれ、契冲雑記に、猫はねこま、鼠子待(こまち)の略歟、鼠の類につらねこといふあれば、ねこといふは略語の中に、ことわり背くべし、猫の性は鼠にても、鳥にても、よくうかゞひて、必とり得んと思はねばとらぬものなり、よりて待とつけたる歟といへり、その書の頭書に、真淵雲、ねこはたゞ睡獣(けふりけもの)の略なるべし、けものゝけの字反、こなり、ある人苗の字につきて、なづけしもの歟といへるはわろしといへり、解、按ずるに、両説共にことわりしかるべくもおぼえず、鼠子待は求め過ぎたる憶説なれば、今さら論ふべくもあらず、ねむりけものゝ義といへるも、いかにぞやおぼゆ、大凡睡お好むけものは、猫にのみ限らず、狸狢、鼬の類、みなよく睡るものなり、わきて陽睡おたぬきねむりと唱へて、ねふりの猫よりたぬきむじなのかたに名高し、是この和名に、ねもじおかけて唱へざりしおもて、ねこまのねも、けむりけものゝ義にあらざるお知るべし、さばれ狸狢の類は、真の睡りにあらず、そらねむりなれば、ねといはずといはん歟、猫とても熟眠は希にて、多くはそらねむりなり、かれがいざときおもて知るべし、且けものゝけの字反、こなりとのみいひて、下のまの字お解かざるはいかにぞや、前輩千慮の一失歟、いと信じがたき説なり、按ずるに、猫おねこまと名づけしは、さうる〳〵よしにあらずかし、猫はねと鳴くけものなれば、ねこまと名づけたり、〈猫のねう〳〵となくよしは、翁丸の段に見えたり、〉是もこまのこはけと五音通へり、まともと是も音かよへり、こまはけもにて、けものゝのお略したり、う〳〵是ねと鳴くけものといふ義にて、ねこまといへり、〈今も小児は、猫おにやあにやあといふ、その義自然とかなへり、〉かゝればねことのみいへば、ねけなり、こまとのみいへばけもなり、〈のゝ字お略せり〉いづれも略語の中にことわり背くといふべからず、然れども、ねこまといふにますことなし、又鼠の類なるつらねこのねこは、ねこまのねことおなじかるべくもあらず、こはよく考へて追ひしるすべし、又鄙言に猫の老大なるものお、ねこまたといへり、この事つれ〴〵に見えたり、又くだりて貞享中の印本、猫又つくしといふ絵草紙あり、又今川本領猫股屋敷といふふるき浄瑠璃本もあり、このねこまたは、丸太にこたなどの如く、ねこまにたお添へて唱ふるにはあらで、猫岐(また)の義なるべし、猫の老大に至りて、変化自在なるときは、尾のさきに岐いで来て、ふたつに裂くることありといへば、老大にて岐尾なるものお、ねこまたといふ歟、こはまたくさとび言なり、又按ずるに、猫は貓に作るお正しとす、埤雅に、陸佃雲、鼠善害苗、貓能捕鼠、故字従苗といへり、ねこまおなへけものの義といへるは、これより出でたり、すべて字体によりて、和名おとくものは附会なり、信ずるに足らず、