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提醒紀談

猫の性鼠にしかず
ある人一匹の鼠お畜て、猫とともに居らしむるに、日おふるまゝに互にあひ馴れて、鼠も畏れず、猫も亦啖ふことお憶はず、却て鼠のまゝなること愚なるものゝ如し、思ふにその性のもとより鼠お啖はんことお欲ざるにはあらねど、人お畏るゝことの専なるにあるのみ、顧ふにその初め鼠と猫とお馴しむるの時、かりそめにも猫の鼠お啖んとすれば、叱り擊たゝきてこれお懼れしむ、かく厳く攻らるゝが心にしみて、数月おふるまゝに、遂に猫の心の動くことなく、鼠も亦ならび居るといへども、怛ることなきやうになるなり、こゝに於て己が鼠なるおも忘るゝもさもあるべきことぞかし、かくて客至れば主人まづ猫お呼て座に就しむ、次に鼠お出して猫に頭お下げ、あいさつおなさしむるに、猫これに答ること慇勤なるが如し、又鼠一胾の肴と酒とお持て猫の前に置くに、猫あいさつおしてその肉お啖ふ、応対のふるまひ鼠との交り、殊になからひあしからず見ゆ、是もとより猫の性ならんや、これ性お枉て発さゞるは、その人お懼るゝが故なり、鼠の又ならび居て怛れざるは、これ習ひ性となるものなり、夫習ひて性となるものゝ性お矯て、人に懼れ従ふものは、天地懸隔の違ひといふべし、これによつて猫の性の鼠にしかざるお知れりといふ、〈澹園初稿〉予嘗て鼠に躍お習はしむるは、塔櫨お火にかけて熱らしめ、さて鼠の後足へ履おはかしめて、その中へ放ち入るれば、前足のみ徒跣にて熱きに堪えざれば、やがて起て跳るものといふ、後には地にさへ放てば、必起て躍るといへり、これ禽獣に芸お教るの術といへり、唐土にも似たることあり、珍珠船に、教舞鼈(/すつぽん)者、焼地置鼈其上、忽抵掌使其跳梁、既慣習、雖冷地聞撫掌、亦跳梁、教亀鶴舞、亦用此術といへり、