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北越雪譜
初編下
泊り山の大猫
我が隣駅、関にちかき飯土山に続く東に、阿弥陀峯とて樵する山あり、〈村々持分の定あり〉二月にいたり、雪の降止たる頃、農夫ら、此山に樵せんとて、語らひあはせ、連日の食物お用意し、かの山に入り、所お見立て、仮に小屋お作り、こゝお寝所となし、毎日こゝかしこの木お心のまゝに伐とりて、薪につくり、小屋のほとりにあまた積おき、心に足るほどにいたれば、そのまゝに積おきて、家に帰る、これお泊り山といふ、〈山にとまりいて事おなすゆえ也○中略〉ひとゝせ、泊り山したるものゝかたりしは、ことし二月、とまり山せし時、連のもの七人、こゝかしこにありて、木お伐りて居たりしに、山々に響くほどの大声して、猫の鳴しゆえ、人々おそれおのゝき、みな小屋にあつまり、手に手に斧おかまへ、耳おすましてきけば、その声ちかくにありときけば、又遠くに鳴、とほしときけばちかし、あまだの猫かとおもへば、其声は正しく一〈つ〉の猫也、されどすがたはさらに見せず、なきやみてのち、七人のもの、おそる〳〵ちかくなきつる所にいたりて見るに、凍たる雪に踏入れたる猫の足跡あり、大さつねの丸盆ほどありしとかたりき、天地の造物かゝるものなしともいふべからず、