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西遊記

麝香鼠
薩州鹿児嶋城下に麝香鼠といふものあり、水屋のもと床の下などに住て、其形鼹鼠に似て其糞甚臭し、少しじやかうの匂ひに似たり、故に麝香鼠といふ、食物おむさぼり、器おやぶりそこなふ事、常の鼠より甚し、膳椀飯びつなどに此鼠一たび入る時は、其匂ひ留りて幾度洗ひ清むれども去らず、此鼠又座近く出る時は、其にほひ鼻お穿てたへがたき程なり、其鳴声甚大にして、雀の声に似たり、それゆへ中山伝信錄には、琉球の鼠は雀の声ありと書置り、此鼠ももとは琉球の舟より渡り来り、今にては城下町々家々に甚多き事と成れりといふ、長崎にも唐船より渡り来りて、町家にも多くあり、されど薩州程は多からず、其外の国にてはたへて無き鼠なり、一説に阿蘭陀人は此鼠お以て煉り合せ、じやかうお造る法ありといふ、誠に秘法あらば、麝香にもなるべき程の強きにほひある鼠なり、