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世事百談
鼠のよめ入り
ふるき絵冊子に、鼠のよめ入りといふことおつくりしものあり、今も猶錦絵などにのこりて、たまたま見ることあり、こは鼠の異名お嫁とも嫁の君ともいへるより、作意したるものとおもはれたり、古歌に、 秋なすびわさゝのかすに漬けまぜて棚におくともよめにくはすな、といへるも、鼠およめといふあかしなり、また季吟が師走の月といふ俳書に、
月の鼠よめ入りするやむこの山、といふ句あり、これにつきて滑稽の一話あり、荻生徂来ある人にいへるは、われかつてより読書に心おひそめ、和漢ともに表紙のつきたらん書によまざるといふものなし、およそ世にしれぬといふことはなきものおと、広言いはれしかば、その人雲、さらば鼠のよめ入りといふ冊子に、道具持の宰領につきたる侍の鼠の名お棚渡仲右衛門といふ名あり、かゝることにも拠のあることにやと問ひけるに、さればとよ、そはどぶ鼠の仲間が出世して、足軽になりたるにて、抱朴子内篇に、鼠寿三百歳、満百歳則色白、善憑人而下、名曰仲、といふことあり、その侍鼠も年へしからに、名おば仲とよべるなりと、こたへられしに、ある人もその博識に服せしとかや、