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輶軒小錄
果然之事
昔先子〈○伊藤仁斎〉壮年の時、近里に中村宗全と雲ふ老人あり、津軽へ往来して業おなす、彼地より珍しき猿宝石など余多持ち来る、先子其家へ至れば、其猿お出だし示す、常の猿の如くにして、其色潔白雪の如し、尾甚豊にして長し、夜眠る時は其尾にて面お掩ひふす、甚だ人に馴れて憐むべし、其後家の小僕たはむれに天仙蓼(またゝび)お喰はせければ弊れける、先子雲、此果然と雲ふ猿なりとなん、本草お考ふれば、郭璞が雲、果然自呼其名、亦南州異物志雲、交州有果然獣、其名白呼、形大于猿、其体不過三尺、而尾長過頭、鼻孔向天、雨則掛木上、以尾塞鼻孔、其毛長柔細滑、白質黒文、如蒼鴨、脇辺斑毛之状、集之為裘褥、甚温暖、雖仰鼻而長尾則此也、此文と少々違ふ事あれども、大様此物なり、