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新著聞集
二/慈愛
猿子親お療して人心お感発す
信州下伊奈郡入野谷村の者、冬の日猟に出、不仕合にて帰る道の大木に大猿の居たりしお、これ究竟の事なりとて討とり、夜に入宿につき、明日皮お剥なん、凍ては剥がたしとて、囲炉裏のうへに釣おきぬ、深更に目おさましみれば、いけておきし火影みへつ隠れつするお不審しくおもひ、能々うかゞひみれば、子猿親の脇下にとりつき居けるが、一匹づゝかわる〴〵おりて火にて手おあぶり、親猿の鉄炮疵おあたゝめしお見るより哀さかぎりなくて、我いかなれば身一つたてんとて、かゝる情なき事おなしつと先非お悔て、翌日頓て女房にいとまとらせて、頭おそり世おのがれ、一心不乱の念仏者となり、諸国行脚に出しとなん、