[p.0297]
奥州波奈志
熊とり猿にとられしことこれは、あや子がこゝに下りし、又のとしばかりのことなりき、二人組にて熊おとる狩人有しが、くまおもとむるとて、山にゆきしに、大木のもとに穴有て、其木にこと〴〵く爪にてかきし跡の有しおみつけて、壱人が是おとらばやといふお、ひとりはえきあらじ、たしかに猿なるべしとて、くみせざりしかば、帰りつれど、はじめにとらんといひ出し人は、とかく心すまで、我壱人行てとらむとていでたりしが、其夜かへらざりしかば、たしかに猿にとられつらんと思ひて、外に人ふたりおたのみて、三人つれにてゆきて、口の穴おふたぎ、熊とりのしかけにして、長柄の鑓にてつきころしつ、中に入てみたれば、昨日来りし人はとられてくはれたりと見えて、著たる横さしと帯計穴の中に有て、何もなし、皆猿の食尽したる也とぞ、その猿は九尺計有しと聞し、すべてさるといふものは、大食成物にて、まだ食するものなき時は、いく日もくはでおる物也とそ、山にすむ獣はさとのものとこと也、おかしきふしなきことながら、大食の次にかきつ、