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醍醐随筆
上末
一飛騨の奥山に入て狩するに、猿の数々なきさはぎぬる、いかなる故ぞと見居たれば、むかふの大木の梢に鷲のすみけるが、猿の子おつかみ取てさきくらふなる、親猿にや有けむ、殊にすぐれてもだへかなしみけるが、後大木の葉かげよりねらひよりて上るに音もせず、友猿四五十つゞきたり、先懸の猿とびかゝり鷲の足にとりつけば、四五十の猿声おあげてひたひたと取つゝ、足にも翅にも蟻のごとくつきたれば鷲も多力の鳥なれ共こらへず地へ落てけり、つたかづらと雲物お手々にもちて、一まきづゝまきてとびのく、すべて百ばかりの猿にまかれて鷲は少しもうごかず、たはら物のごとくに成ぬ、猿共谷々へかへりにたれば、狩人これおひろい取て、人々に見せける、親猿いかばかりかなしくて、身のおき所もなきまゝに、かゝるはかりごとおやなしつらん、我業とする狩も此鷲にたがふ事なしとて、それより狩おやめけると、不破翁飛騨の国に客遊せしとき、其人の語るおきゝけるとぞ、