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松屋筆記
九十八
猩々といへる異名の者猩々瓶
武家盛衰記十九巻、忠輝卿御船遊の条に、越後国名生村に、今猩々と雲者あり、渠は其浦の猟師にて庄左衛門と申けるが、酒お好て飲けるに、如何程呑ても酔たる事なし、依之諸人今猩々と異名お呼ぶ雲々、又猩々瓶の由来も見ゆ、近来天保六年豊前国宇佐八幡の神領小浜村の産子兄お猩寿とよび、弟お猩美とよぶ、二人江戸へ来り、猩々と号して、いづれも酒お一時に五合許呑む、頭毛赤色にて実に猩々ともいひつべし、兄は十一歳、弟は八歳也、猩々の舞おまひおぼえて見せ物に出、諸家へも召れなどせり、天保十年にも石見竹島近き沖の孤島の猟師の子、頭髪赤くして大酒せる小児、猩々と号て、京大坂辺へ見せ物に出たりといへり、