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古事記伝
二十七
白鹿は、斯漏伎加(しろきか)と訓べし、和名抄に鹿、和名加とあり、〈鹿は加と雲ぞ正しき名なる故、万葉の歌お考るに、鹿一字お書る処は、何れも加と訓て宜きお、今本にみなしかと訓るは非なり、しかと訓ては、皆句の調わろし、心お著べし、志加と雲処には牡鹿と書たり、されば志加と雲は、牡鹿に限れる名と聞えたり、しかと訓べき処に、たゞ鹿と書るは、集中にいくばくもわらず、さて和名抄に、牡鹿、佐乎之加、牝鹿米加、麑加呉(かご)とあり、又かのしゝと雲も、猪おいのしゝと雲と同じくて、加と雲名なればなり、其外地名或は借字などにも、凡て鹿字は加と雲に用ひたり、是其正しき名なるが故なり、然るにかせぎと雲お、古名と心得て、書紀などにても然訓るは、中々にひがことなり、凡て尋常に異りて耳なれざる言お以て、古言と心得るはひがことなり、鹿おかせぎと言ことも、正しくに見えたることなし、其はたゞ春日に祭る神の内なる、鹿島神の、東国より大和に来坐し事お伝へたるに、かせぎに乗てと雲るのみなれば、是もかの父母おかぞいろはと雲と同じ類と知べし、〉