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比古婆衣

鹿おすがる又かせぎともいふ由
鹿の一名おすがるといふ由は、顕昭法橋の袖中抄すがるの条に、〈○中略〉見えたるぞはじめなる、さて鹿おすがるといふよしは、鹿はあるがなかに、長高く痩弱たるが立てるさまの、腰のことに細くみゆるものなれば、螺〓の腰の細きに譬へて、野山に近き里人などの目馴たるまゝに、あだ名にすがると呼たるが、おのづから世にもあまねき一名となれるものなるべし、〈山里人雲、鹿は肩胸のかたは強くて、腰の弱きものなり、狩すとて鹿柵に追入れ、或は雪になづみたるお、腰のつがひおつよく打てば、ありくこともえせずなるものなり、〉奮説に、若き鹿なりともいへるは、かれが若きほどは、殊にひわづに痩ばみたれば、其たとへしたしくきこゆ、もとはかれが若きおいへるお、なべてのうへにおよぼして呼ぶ事となれるにてもあるべし、〈○中略〉
又鹿おかせぎともいふよしは、牡鹿の角お織機具の挊(かせ)の如く見なしてたとへたるなるべし、但し今の世になべて用ふ挊は、さばかりたとへつべくもあらぬお、其古ざまなるおおもひてかくはいへるなり、さるにあはせては、こゝにいはむもこと〴〵しくてつきなけれど、いにしへの挊の事おもわきまへがてらいふべし、其はまづ古語拾遣に、御歳神の所為お記せる文に、発怒以蝗放其田、苗葉忽枯損似篠竹雲々、とありて、其お大地主神の占へ給へるに、御歳神の告給へる言に、宜以麻柄作挊挊之と見えたり、挊は新撰字鏡に、挊力棟反加世比とみえたるこれなり、〈○下略〉