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世事百談
九尾の狐
玉藻前の謡曲にて、那須野の殺生石の故事お世人のきゝなれ、かつ過ぎし年、妖狐伝といふ冊子なども印行したることありしからに、九尾狐といへば、悪狐とのみおもへり、ふるくも下学集、琉球神道記などにも、この俗説お載せたり、下野なる玉藻稲荷の社は、かの悪狐の霊お祭れりとかや、しかはあれど九尾狐はもと瑞獣にて、已に太平御覧に、山海経、竹書紀年、呉越春秋、白虎通、古今注、巍略、郭璞九尾狐賛等お引用せり、因に雲ふ、官妓お九尾狐といへること侯鯖錄にあり、これは官妓の声色のために、人の蠱惑せらるゝお、狐に魅さるゝに喩へしなるべし、