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古今著聞集
十七/変化
大納言泰通の五条坊門高倉の亭は、父侍従大納言の家にてふるき所也、相つゞきてすまれける程に、きつねおほく常にばけゝり、され共ことなる事などし出したる事もなければ、扠過られけるに、年おへてます〳〵にばけゝる程に、大納言いかり給て、きつねがりおしてたぬおたちてんと思て、侍共にみな其用お仰せてけり、あす下人共あまたぐしてひとりももれず皆参べし、面々につえ又弓矢など用意すべきよし仰つ、あす四方お能かためてついぢのうへ屋の上に人お立、又天井のうへに人お入てみな狩出して、出ん所お打ころし射ころさんとさだめてけり、去程に其あかつきがたに、大納言の夢に見給ふやう、年たけしらがしろき大童子のとくさのかり衣きたる一人、西向のつぼの柑子のもとにかしこまりて居たり、大納言あれは何ものぞととひければ、おそれ〳〵申けるは、是は年比此殿の御内に候もの也、われ二代迄相つぎ候ほどに、子共孫まであまたいできて候、おのづから狼藉おふるまひ候事など、心のおよび候ほどは制し仕候へ共、用ひ候はぬによりて、今かたじけなく御勘気にあづかり候事、猶其いはれある事にて候、明日みな命おたゝれまいらすべきよしお承候、御さたのやう承及候に、まことにいかでか一人もにげのがるゝもの候べき、こよひばかりの命かなしく候て、おそれ〳〵うれへ申上候はんとて参候也、まげて此度の御勘当おばゆるし給はり候へ、今より後おのづからもしれごと仕候はゞ、其時いかなる御勘当も候べき也、わかく候やつばらに、此御気色のやう申ふくめ候なば、いかでかこり侍らず候べき、あやまりて御まもりと成て候はゞ、今より後は御内の吉事などおば、かならず告しらしめまいらすべく候といひて、かしこまりいたるとみるほどに夢さめぬ、夜もあけてしら〳〵と成にければ、大納言おき給ひて、はしのやり戸おあけて見出されければ、夢にこれ大童子が居たると見つる木のもとに、老孤の毛なきが一匹有、大納言お見奉ておそれたるていにて、やおらすのこの下へはひ入にけり、ふしぎにおぼえて、其日のきつねがりはとどめてけり、其後はばけものながくなく成ぬ、家中に吉事あらんとては、かならずきつねないてつげゝれば、かねて思ひしりけるとぞ、