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曾我物語

みはらのゝみかりの事
みかりの人々は、日のくるゝおも時のうつるおもしらずしてかりけるに、きつねなきてきたおさしてとびさりけり、人々これおとゞめんとて、やはずおとつておつかけたり、君〈○源頼朝〉御らんぜられ、かれらおめしかへして、秋の野のきつねとこそいへ、夏の野にきつねなく事ふしぎ也、たれか候うたよみ候へと仰下されば、すけつねうけたまはつて、まことに源太がうたにはなるかみもめでゝ雨はれ候ひぬ、是にもうたあらばくるしかるまじ、たれ〳〵もと申されければ、大名われもわれもとあんじえいじて見んとすれ共、よむ人なかりけり、こゝにむさしの国の住人あいきやうの三郎いだけだかになり、うかべる色見えければ、源太左衛門いかさまあいきやうの仕りぬと見えて候、はや〳〵と申ければやがて、
よるならばこう〳〵とこそなくべきにあさまにはしるひるきつねかな、と申ければ君聞召れてしんべうに申たり、まことにきつねにおほせてきつけう有べからずとて、かうづけの国松えだといふところにて三百町おぞ給はりける、