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東遊記
後編二
狐の義理
越後国村上の近在に、百姓夫婦に娘三人持てり、天明巳年〈○五年〉の事なりし由、家内に鼠荒て物おそこないければ、まちんお飯にまじへ鼠に飼ひ、弐三匹も取りて庭先に捨たりしに、其夜近所の狐の子来りて彼鼠お食たるに、まちんおあたへたる鼠なれば、狐も其毒にあたりて死たり、親狐其家のあるじお大に恨み、姉娘に取付て色々とうらみ口ばしり、数日なやみてつひに死せり、又其次の娘にとり付て、隻一月ばかりの間に三人の娘死しぬれば、父母甚歎き悲しみ、其夜庭先へ立出ていひけるは、鼠お捨たるは、女が子にあたへ殺さんとの事にはあらざるに、女が子むさぼり食ひて死したり、是元来女が子のあやまりなるお、此方のしはざのやうに心得、此方の愛子三人までお取殺すとは、いかなる事そや、畜生とは雲ながらあまりなる事かなと恨かこちけるに、彼親狐、此道理につまりしにや、其翌晩庭先に老狐弐匹死し居たり、百姓夫婦是お見て、昨夜此方より恨おいひし道理にせめられ、かくみづから死したりと見えたり、不便のわざなりとなげき、つひにそれより無常お観じ、夫婦とも剃髪し、田地お売り家業お捨て、四国西国へ順礼に出たり、此春其者此辺へも来りしと、越後所々其はなしありけるまゝ書付侍る、