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安斎夜話

一狐妖、或問珍といふ書六冊あり、宝永七年、三州田原の学者児島不求といふ者の著はす所にて、才の奇怪お弁断せる問答有之、其中に狐妖お怪みて問し答に、〈上略〉其妖怪おなす調子は、草深き野原にて、霊天蓋〈されかうべのごと也〉お拾ひ、己が頂に戴きて仰のき、小計の星お拝す、しかれども仰のかんとすれば、頂の霊天蓋忽ち落し、又拾ひあげて頂に戴き、右の如くする事数年お積れば、後は北斗お拝し跳り廻りても、修煉して霊天蓋落さず、其時北斗お百遍礼して始て人の形に変化する也雲々、貞丈雲、右の狐のばけやうの伝授は、何か唐の書にて見し事ありしが、用にもたゝぬ事なれば、其書名も忘れだり、右委細の伝授おば狐に聞て書きたる歟、又は霊天蓋お拾ふ時より、数年お積て、北斗お百遍拝するまで狐につき従ひ、見覚えて書きたる歟、いぶかしき事也、学者と喚るゝ輩は、吾国の書に少しにても怪説あるおば一喫に雲破り、唐の書に見えたる不稽の説おば、猨に信じて真偽おも考へず、とにもかくにも隣の甚太味噌が好物なるぞおかしき、此類の事尚多し、