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新著聞集
八/俗談
鈍狐害おかふむる筑前福岡の城下より一里あまり過て、岡崎村に馬乗の高橋弥左衛門といふ者あり、用事有て入逢の頃より城下に出ゆきしが、夜に入とひとしく帰りしかば、いかで早く帰りたまふと妻のとひしに、されば道今すこしになりて、かの方より用も足りとてとめ侍りし、余りにつかれたるとて閨に入り、供の僕は物くふて臥りぬ、此家に年おひたる婆ありけるが、妻の袖おひき、主人常は右の目盲たまへるに、隻今は左の目盲たるこそいぶかしと告ければ、妻おどろきさらば少し出し見んとて、姥が俄に腹痛しぬ、薬おあたへられよといひしかば、かく疲れていねたるにとつぶやぎ、漸くに出しおみれば左の目盲(しひ)たり、さては疑もなき妖ものなりしかば、妻かい〴〵しくも、最早婆も快く侍りしまゝいねさせよとて、ねやの戸おしめ、四方のかこみお厳しくたてこめ、脇指お臥たる上より咽にあて、姥は後よりたゝみかけ打ければ、こん〳〵くわい〳〵と鳴し所おつき殺しける、又家来の者共は、供の狐おたゝき殺しけり、未熟の狐にや妖損じけるこそおかしかりし、