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続古事談
二/臣節
古へ野干お神の体となしたる社のほとりにて、きつねお射たるものありけり、このものとがありなしの事、陣の定に及て、諸卿さま〴〵に申ける中に、帥大納言経信卿申て雲く、白竜之魚勢懸預諸之密網と計りうち雲ていられたりけり、いみじき神なりとても、きつねのすがたにてはしり出たらむお射たらむは、なにのとがヽあらむと雲心なり、此事は竜の魚のすがたになりて、浪にたはふれてうかびいでたりけるほどに、預諸と雲ものヽあみおひきけるにかかりて、かなしきめおみて、大海にかへりて竜王にうたへければ、竜王ことはりて雲く、なにしにか魚のすがたとはなりける、さればこそあみにはかヽれ、今よりのちさる事おすまじきなりと雲なり、今かく雲は此事也、又或人申て雲く、射たりと雲とも、其野干まさしく死たるおみず、とがおもからずと申、此日の定文は宰相中将隆綱ぞかきける、此人のかたちおかくに、雖聞飲羽之号、未見首丘之実、といふ秀句はいでくるなり、後三条院はこの定文お御覧じて、余りに感ぜさせ給て、隆綱が宰相中将お過分に思けるはゆヽしき僻事也けり、伊勢大神宮正八幡宮いかヾおぼし召けんとぞ仰せられける、〈○又見十訓抄〉