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百家埼行伝

狸の卜者
是はいと〳〵近き完政の頃なり、江戸銀座二丁目西側に、狸の卜者といふもの在けり、名は何とか雲けん、今忘れたり、這者いさゝかは学文もありて、会て語ときは十分おもしろき処あり、最一琦人にて、旦暮の行状も人とは大いに異なる処あり、常に狸お好んで多く家に飼おき、朝暮これお愛する事、世の婦女子などが、猫お愛るに異ならず、床室には狸の軸おかけ、壁には狸の絵おここかしこにはり著、夏の浴衣に狸のもやうお染、冬は狸の裘お躬にまとひ、檐端易の招牌にも狸おえがけり、援お以て世人狸の卜者と呼なしけり、