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兎園小説
二集
まみ穴、まみといふけだものゝ和名考、並にねこま、いたち和名考、奇病、〈附錄〉
著作堂主人稿
江戸麻布長坂のほとりなるまみ穴は、いと名たゝる地名なれば、しらざるものなし、添凉が江戸砂子には、雌狸穴と書きたり、雌狸おまみと訓ずるは、何に憑れるにやしらず、こは記者のあて字なるべければ論ずべくもあらねど、貝原が大和本草〈巻の十六獣の部〉猯おまみとす、〈○中略〉又本草綱目〈巻五十一獣之二〉貛の下に、稲若水、和名お剿入してまみとす、〈○中略〉益軒若水の両老翁、或は猯おまみと訓じ、或は貛おまみと読ませしは、訛おもて訛お伝ふ、世俗の称呼に従ふのみ、今按ずるに、貛は和名抄に見えず、猯は和名まみなり、〈○中略〉平野必大が本朝食鑑にのみ和名抄お引きて猯おみと読めり、〈○中略〉これらの諸説お合はせ考ふるに、近来世俗のまみといふけだものは、みお訛れるに似たり、則猯なり、又田舎(いなかうど)児は是おみたぬきといふ、その面の狸に似たればなり、いづれにまれみとのみは唱へがたきにより、或はまみといひ、或はみたぬきといふにやあらむ、かゝれば麻布長坂なるまみ穴も、むかし猯の棲みたる余波(なごり)にて、その穴のありしにより、まみ穴と唱へ来れるなりといはゞいふべし、しかれども猯おみたぬきと雲は、よりて来るあり、いかにとなれば、猯はその頭狸に似たり、みとのみは唱の不便なるによりて、みたぬきといふ歟、又猯おまみといへるは、よりどころなし、いかにとなれば、猯に真偽のふたつなければなり、よりて再按ずるに、かの麻布なるまみ穴のまみは、元来猯の事にはあらで、鼯鼠おいふなるべし、