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兎園小説
三集
むじな、たぬき、 海棠庵記
ある人のいふ、むじな、たぬきは雌雄にて、雌おむじなといひ、雄おたぬきといふとかたりき、されどさだかならぬことにて、いと心得がたく思ひしに、このごろ羽州由利郡の農民与兵衛といふもの来にけり、この与兵衛は、むかし猟人にて、南部より出づるといふ、免状てふものまで所持して、おさ〳〵巨魁なりしと聞えければ、まねきよせて、むじな、たぬき、まみなど問ひしに、答へていふ、むじな、たぬき、まみ、皆よく似たるものなれど各別種にて、みな雌雄あり、まみとむじなとは、毛いうも肉の肥えたるも、わきがたきまでよく似たり、隻その別なるところは、まみ(○○)は四足ともに、人の指の如く、方言に熊のあらし子(○○○○○○)〈落胤といふが如し〉といふ、むじな(○○○)は四足犬に類す、狸(○)はあくまで痩せて胴のわたり長し、やつがれ十七歳より山かつの業になれて、はや六十余歳に及び、獣の事はよく知り侍るなどかたりぬ、和名抄にも、狢、狸、猯おの〳〵わかちあれば、むじな、たぬき、雌雄なりといふ俗説は、固よりとるには足らねど、郷に曲亭ぬしのまみ考の因もあれば、そゞろに聞きしままにしるすのみ、