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駿国雑志
二十五
陰貉
庵原郡山原村にあり、伝雲、享和年中、此地痘瘡流行して、小児多く死す、時に一の奇獣あり、毎度来りて其新葬の墓お発き、尸お喰ふ、僧俗これお悲み愁て、其辺りに厳く囲ひすれば、又遠くより穴お穿ち、尸お引出し、食毀る事月お経て止ず、後終に小炮お以て討弊せり、其形狸の如し、村老此奇獣おさして陰貉(かげむじな)と雲もの也と教ゆ雲々、按るに、古き百怪の画巻物に、墓洗(はかあらひ)と雲獣の図お載たり、其形狸の如くにして、尾短く、四足とも三の指あり、爪赤く、口広く、目細して、後の方につき、総身胡麻斑の毛生たり、これまさしく陰貉の類にして、墓あらひは墓荒(はかあらし)の訛にはあらずや、