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閑田耕筆

山獣の中には熊は人に馴安きもの也、華山のさき牛尾道と三条への別路に、菓売女のかり初に出居るが、熊の子おつなぎたるおおのれ立よりて見て、其菓物お買て熊に与へたれば、女うまいと申せといふ声に随ひてうなりたる、いかにもうまい〳〵と聞ゆ、幾度も同じ、伊吹山よりいまだ乳おのむものお、人のとらへ来るお買て、初は物お嚙てあたへしに、今は三とせになれりといひしが猶小なりし、旅人来あひて是は大にして観場の料に売んとにやといひしに、女いなかく養ひて何かは売べき、生涯飼ひぬべし、もとより是がために物買かふ人も多しといはれて、旅人は得ものいはざりき、殊勝のこたへ也と思ひてわすれず、