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笈雉随筆

強勇
夫凡獣お見聞及びぬるに、熊ほど強力なる物はなしと覚ゆ、薩摩国にて、猟人は山の阻おねらひ歩きけるに、浜辺に大熊一双、子熊お連て蟹おとらせ居たり、傍へなる大石お引起し手して是お差上て、其下に子熊お入て、蟹おとらせける、子は隻余念なく喰居ける、親熊は大石お持上ながら、四方お見廻す処に、忍び寄て思ふ儘に月の輪おねらひ済して打放す、何かは以てたまるべき、彼石お打落し、倒れて一箭に留りければ、村人帰りて人お集め親熊おば取得たり、扠子熊お取らんと十人計りして彼石お引起さんとするに、更に動きもやらず、追て人お増て三十二三人して漸に引起し見れば、子熊は打栗の如くひしげて砥の如し、是お以て計り見るに、左程の犬石お軽々と引立て、大切に養育せる子お下へ入て置事お、容易く思ふ程にあらざれば、危き事はなすべからず、然ば先四五十人力は有べきかといへり、〈○下略〉