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日本山海名産図会

捕熊 取胆
熊胆は加賀お上品とす、越後、越中出羽に出る物これに亜ぐ、其余四国、因幡、肥後、信濃、美濃、紀州、其外所々よりも出す、松前蝦夷に出す物下品多し、されども加賀必ず上品にもあらず、松前かならず下品にもあらず、其性其時節其屠者の手練工拙にも有て、一概には論じがたし、加賀に上品とするもの三種黒様(くろて)、豆粉(まめのこ)様、琥珀様是なり、中にも琥珀様猶も勝れり、是は夏胆冬胆といひ、取る時節によりて名お異にす、夏の物は皮厚く胆汁少し、下品とす、八月以後お冬胆とす、是皮薄く胆汁満てり、上品とす、されども琥珀様は夏胆なれども冬の胆に勝る、黄赤色にて透明り、黒様はさにあらず、黒色光あるは是世に多し、
試真偽法
和漢ともに偽物多きものと見へて、本草綱目にも試法お載けり、胆お米粒許水面に点ずるに、塵お避て運転し、一道に水底へ線のごとくに引物お真なりと雲々、按ずるに是古質の法にして未つくさぬに似たり、凡て獣の胆何の物たりとも、水面に運転こと熊胆に限べからず、或は獣肉お屠り或は煮熬などせし家の煤お、是亦水面に運転すること試みてしれり、されども素人業に試みるには、此方の外なし、若得水に点じて、水底に線お引お試みるならば、運転飛がごとく疾く、其線至て細くして、猶疾勢物およしとす、運転遅き物、又舒にめぐりて止まる物は、皆よろしからず、又運転速きといへども、尽く消ざる物も佳からず、不佳物はおのづから勢ひ砕け、線進疾ならず、又粉のごとき物の落るも下品とすべし、又水底にて黄赤色なるは上品にて、褐色なるは極めて偽物なり、作業者は香味の有無お以て分別す、およそ真物にして其上品なる物は、舌上にありて、俄に濃き苦味おあらはす、彼苦甘口に入て粘つかず、苦味浸潤に増り、口中分然として清潔、たゞ苦味のみある物は偽物なり、苦甘の物お良とす、また羶臭香味の物は良らずといへども、是は肉に養はれし熊の性にして、必偽物とも定めがたく、其中初甘く後苦物は劣れり、又焦気(こげくさき)物は良品なり、是試法教へて教べからず、必年来の練妙たりとも、真偽は弁じやすくして、美惡は弁じがたし、
制偽胆法
黄柏、山梔子、毛黄蓮の三味お極細末とし、山梔子お少し熬て其香お除き、三味合せて水お和して煎じ詰むれば、黒色光沢乾て真物のごとく、是お裹むに美濃紙二枚お合せ、水仙花の根の汁おひきて乾かせば、裹て物お洩らすことなく、包みて絞り、板に挟みて陰乾(かげぼし)とすれば、紙の雛又薬汁の潤入みて実の胆皮のごとし、猶冬月に製すれば、暑中に至て煉潤やすく、故に必夏日に製す、是は備後辺の製にして、他国も大抵かくのごとし、他方悉く知がたし、又俗説には、こねり柿といふ物味苦し、是お古傘の紙につゝむもありと雲へり、或は真の胆皮に偽物お納れし物もまゝありて、是大に人お惑はすの甚しき也、