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新著聞集
四/勇烈
鰥婦狼お害す
武州榛原郡ひかや村の庄左衛門といふが、耕作に出て狼にくひ殺されしお、二十歳ばかりの妻いか計口惜き事におもひ、いかにもして狼おうちとらんと、九尺柄の手鎗お提げ、方々と尋ねしに、ある畔に大なる狼ふし居たるお、これぞ夫のかたきぞと悦びいさみ件の鎗おとりなおし、咽より上につき立しに、狼奮ひ怒て起あがらんとせしかど、中々鎗お放たずして声おたてければ、人あまた馳来り、ついに打殺してけり、舅その志の貞節なるお感じ、婿お取て家おつがせけるとなり、
童子狼お害す
丹後岑山領の内にて、子ども草おかりに行しに、狼の出しかば、みな〳〵逃さりしに、八歳になる女の子逃かねて狼にとられしお、十一歳になる兄竹蔵、逃ながらこれおみて取てかへし、持たる鎌お狼の眉間にうちこみ引けるに、鼻柱かけて切さき〳〵、狼は啖へし子お一ふり振てすて、竹蔵が頬さきにくらひ付し時、鎌おとりなおし咽にうちこみ引しかば、狼たちまちに死す、竹蔵絶死し居けるお、人々走り来て薬お与へしかば蘇りし、疵平愈して後、守護の京極主膳正殿きこしめして、奇特の者なりとて召出されしとなり、