続視聴草

三集四

婦人擊狼
天保四〈巳〉年三月 私支配所
飛騨国大野郡宮村百姓彦助母
巳(より)七十三歳
巳(同人妻 はち)四十八歳
巳(同人娘 よね)二十三歳
右之者共、狼お仕留候段風聞御座候に付、支配所飛騨国高山陣屋〈江〉、右之者共呼出始末相糺候処、彦助儀無高に而、農業之間、杣木挽等之渡世仕、家内四人暮に而、去辰十二月中、他国〈江〉稼に罷越留守中、当正月十二日夜四半時頃、彦助母より儀、当年六歳に相成候孫お召連、居宅裏口より四五聞程も離居候雪隠〈江〉参り候処、狼壱匹何方よりか駈来り、右孫〈江〉可飛懸体に付、より儀驚、孫お構ひ側に有合候薪に而狼お敲き候処、右狼振返り、よりの左の腕〈江〉喰付候お振放し、猶又薪にて可追払と存候処、可喰体に而前後左右〈江〉飛廻り候に付、種々相防候得共、極老之後に付気力も疲れ、三け所程手お負候処、彦助妻はち娘よね、右物音に驚、一同裏口〈江〉立出候処、右の次第に而老母危相見候に付、両人其驚駈付候処、狼両人お見付、よりお捨置、はちに飛懸り肩〈江〉喰付、猶又よね〈江〉飛掛り候に付、よね、儀祖母並母に怪我無之様にと存、其身は一向に不相厭、狼に組付仰向に押倒し、咽お〆付居内、はち儀台所に有之候山鉈お取来り、狼の天窓お散々に切砕仕留候儀に而、よね儀所所疵請候得共、浅疵に而、老母並はち疵所も格別之儀に者無御座、三人共追々平愈いたし、小児は老母之働にて少しも怪我無之旨申候に付、猶又村役人共相糺候処、村役人共者、余程住居も隔り罷在、翌朝右之趣及承候に付、早速罷越、仕留候狼等見請、始末承り候儀に而、三人之者共申立候通相違無御座候処、右はちよね共、平日老母〈江〉孝養相尽し、家内睦敷相暮候儀に而、畢竟老母お大切に存居、右体危急之場合に臨、必死に相成相防候儀に付、女子之働に而猛獣おも仕留候儀と相見候段、村役人共申聞候に付、近村之風聞等相糺候処、右申立之趣無相違、村役人共申立候、右はちよね儀、平日とも老母〈江〉孝行いたし候心底より、其身お不厭相防、老母お救ひ、其上狼お仕留、村内は勿論、近村迄害お除、母儀も極老の身に而最初に手強相支候に付、小児にも怪我等無之、三人共女子之働には希成儀に御座候間、可相成儀に御座候はヾ、三人共相応之御褒美被下置候様仕度奉存候、此段奉願候、已上、
〈巳〉三月 大井帯刀
同年九月 生涯弐人扶持被下 より
はち
銀拾枚づヽ
よね
右之通御褒美被下候