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紀伊国続風土記
物産十下
海獺(あじか)〈本草、和名抄に阿之加、又引本朝式葦鹿、形膃肭獣に似て、小なるは長さ五六尺、大なるは 一丈二三尺に至る、頭小く口尖り、歯牙犬の歯牙に似たり、目は大にして、耳至りて小く、吻鬚巨く長し、全身短毛あり、常品は其毛茶褐色なり、又白色黒白雑色蒼黒色等もあり、左右の扁鬐に爪ありて、末、に岐あり、尾は獣尾の如く至りて小く、尾お挟みて又両鬐あり、これにも爪五つありて、末は分れて指の如し、皮は褥とし、或は馬具に用ひ、或は荷包の類に製す、肉は剛くして味佳ならず、本草綱目に主治お欠く、時珍食物本草に、味鹹甘平無毒、食之消腫及癭瘤邪気結核といへり、又皮肉の間に脂膏多し、よく金瘡お治す、〉
海部郡衣奈庄大引浦の海中に、周百四十間余の小島あり、往年より葦鹿島といふ、此島へ海獺 毎年秋の土用前後に来り、春の土用前後には何所にか帰る、毎に人なきお窺ひて、此島上に出 て、十四五尾より多きときは二三十尾も群遊す、若人お見れば忽鳴て群挙りて海中に飛入る、 海中お行く時は半身お水上に顕はし、疾く潮お飛し行く、甚畏るべき状あり、官より命じて鳥 銃おもて打捉しむ、世人慢りに獲る事許さず、