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水虎考略
後編
筑後国竹野郡徳堂村 勝平
当丑六十六才
右之もの、天明五巳之夏、おこけ島並清宗渡瀬と申所、弐箇所にて、三拾六歳にて、かつはと相撲お取候始末、勝平より直に承り候様子、左之通りに御座候、猶何月何日と申義承落し申候、
但おこけ島と申は、吉井川より凡拾丁程西九十九瀬川之南竹重村と申所にて御座候、右村 の小名にて御座候、清宗渡と申もの、長崎御奉行道吉井町より拾丁程下り道の南に流れ候 処、則九十九瀬川筋にて御座候、一右勝平義、同村百姓三郎右衛門と申もの方へ奉公仕居、奉公のかたてに、竹重村之内に、自分之 受作お仕置候由、然る処、半左衛門より、吉井町歯細工人次右衛門と申ものゝかたえ、右細工頼 之儀に付、使に遣し候に付、勝平申候者帰りがけ、自分の受作所も序に廻り見帰り度、暫隙取可 申間、御許被下候様申達参候而、次右衛門方用向相仕舞、直様竹重之方に罷越候而、自分之受作 所〈江〉参り候道、おこけ島の西に北南に流れ候井手溝御座候、井手上水面三四間四方も水お湛 候処御座候、その所百姓往来之小道二すじ御座候、右井手へ勝平参掛り候得ば、七つ八つ位の子ど もの様なるもの弐人、溝ぎわに出居、角力お取べしと申かけ候に付、十番計も取候歟と覚申候、 勝平申候者、右子どもの様成もの相手に仕、相撲お取候義、其節者気分ばつと成り候歟と見申 候、右にて勝平申候者、もはや不取、至て遅く帰り而は、旦那どのより叱られ候、其の上自分の受 作も序に見廻り不帰候ては難相成、傍可参と申候得ば、先作所見廻り参候様、此下に相待居可 申旨、かつは申候に付、勝平申は、おこけ島に市三郎と申もの居申候、此もの知人にて、此もの方 へ立寄、一通之咄もそこ〳〵にて自分と作所へ参り、見廻り候義も、そこ〳〵に取いそぎ、九十 九瀬川すじ清宗渡獺と申所へ渡掛り候処、此渡瀬の渡り上りに、浜御座候、その所へ、かつは十 人あまり集て相待居申候とて、また〳〵数番取候由、かつは勝候得者大に皆々悦び、負候得ば すきまなく取掛り取候処、昼八つ時分より日入相迄取候故、最早可帰、左のみ延引候ては、旦那に 申わけなしと申候得者、実に猶のことなり、さらば送るべしとて弐人者徳堂村迄送り参り、三 郎右衛門へ昼之使之用向申達、夫より又々相撲取場所へ参る積りにて出浮候得共、勝平が様 子常の体と替り候摸様に付、三郎右衛門より勝平やど元へ申遣し候に付、同人親類共被支遣 不申、漸為休候よしの処、二日半ほど前後不覚寝申候由申候、
一言語は人之申通に御座候哉之旨相尋候得者、随分人之様に申位之義者御座候、私より申候も 聞分、右之通送り参り申候、夫共に脇より承り候ては、何分にも可有御座哉、脇のものゝ耳へも 相分り候ものと、其品者存不申候段申候、
一いか様の姿のものに候哉之旨尋候得者、頭之方太く、裾小き人之様覚申候段申候、
一面者猿に似候ものにて御座候
一眼ざしはとくと覚へ不申、常の人の目よりも短き様覚へ申候、兎角相撲取候時分者、此方の気 分もばんばと仕候哉、又よく形ち見届置べき気付一向無御座候、ひたすら心安く相なり、友達 之様成心持に相成候段申候、
一頭は毛打かぶり居申候段申候
一色合は栗色にて、総身毛生居候様には覚へ不申段申候、
一ぬめり候義、何分にもとりとめがたき様ぬめり申候、其身より油など出候様子とも見へ不申 候、又濡れ候ても居不申、とかくするり〳〵仕候由申候、
一頭に皿の様なるものは見へ不申、隻々四方に赤毛垂れ、うち被り居申候、一足の様子は、大体人之通に御座候段申候、
一勝平正気に相成候後、腰さしは櫨之木之枝にかけ置候様おぼへ居申候段、宿元のもの共へ咄 候得者、相撲取候晩より、此方に亦り居候段、宿元之者え申候旨申候、
一別紙かつはの図、入御上覧申候、
右始末、小市勝平両人とも、私方へ呼出、直に承り候通之趣書付差上申候、以上、
長崎御廻米海川船請負人筑後国吉井町
〈丑〉二月 佐々木源吾〈○中略〉
豊後国日田豆田町二丁目
〈丑〉二月 嘉吉
河童之縁御尋に付申上候事
一完政七年卯七月廿日、私儀、中城村又吉と申者、一同深更に出立仕、玖珠郡森之町〈江〉綿打に罷越 候砌、宿元より二里ばかり隔、馬原村大清水と申地名水有之、大道之外に、家一二軒有之、泉水涌 出候所迄参り候得者、既に夜も明懸り候頃に相成候私儀は清水お呑候半と思ひ立、泉に差懸 り候処、薄之袖垣有之、水の中に物の音相聞候に付、窺見候処、猿之如きもの二つ、何か拾ひ取喰ひ 候体、無余念相見え候間、心付、河太郎にて可有之と、気お留て見候処に、果して猿に甚よく似候 得共、頭の形ち中窪き様に有之、目より上短く、直にうなじにつゞき、面の色赤黒く、眼丸く光り、 総身澀紙のいろのごとく、肉もなき体にて、腕などの細き事、杖などに相見候、身の丈は三四才 の小児ほどにも可有之歟、水中に立居申候、其間やう〳〵二間たらずに見受候、依て密に立退 き、同伴又吉へ見置候様申聞候処、同人礫お打かけ候半と立騒ぎ候内に、いづかたへ参るとも 不知相成申候則其形画かせ差上申候、以上、
一髪毛はかたのあたり迄さがり居申候事 一かたの中に棒など通し候様に骨御座候事一総身まばらに毛はへ居申候事 一足のうら形、図の通り、〈○図略〉一頭は今は少しほそきかた 一総身はやせ候かた 以上