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醍醐随筆
上末
一土佐の国の人奥山に入て、鹿おとらんとて鹿笛(しかぶえ)お吹ぬれば、俄に山なりさはぎて風の吹ごとく、一筋のほど茅葦左右へ分れ、何者やらん来ると見えし、樹間にかくれ居て鉄炮さしあげ待ぬるに、むかふのふし木の上へ頭ばかりおさしあげたる、色白く鬢髪うるはしく(○○○○○○○○○○)、眉目はれやかにてかほよき女(○○○○○○○○○○○○○)也けり、されどつねの女の頭三つ四つ合たるほど大き(○○○○○○○○○○○○○○○○○)なるが、頭より下は出さゞれば見へず、かぎりなくすさまじかりける、あはや鉄炮はなたんと思ひけれど、もしうちはづしたらんは大事なるべしと、やはらうごかざれば、かのくびしばし見まはして引こみぬるに、又風吹ごとく茅(ちかや)左右へわかれて、本の路筋にかへりぬと見ゆ、我もあとおさへ見ずにげたりけると語りぬ、山海経にいひけん鴞(がう)、馬腸、奢尸(しやし)、燭陰(しよくいん)のたぐひのものにやあらん、ふかき山にはつねならぬ禽獣も多かめれ、