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甲子夜話
九十四
林曰、我が宅は城溝に接する故に、冬春の間は園池に水禽の来ること、日々に百お以て数ふ、夏秋の交東池お穿拡め、益々多く来るお謀る、然るに去冬より此頃まで、〈丁亥二月(文政十年)〉日日凡四五十計、多きも七八十に止りて、遂に百お超ること一日もなし、何故にやと不審に思しに、頃日管絃の友なる人来り庭お観て雲、年来某の許に玉川の郊より来る老農あり、其者窃に水鳥お捕て粥ぐ、去冬の初某の許に到て、今年は水鳥少し、必大雪あるべしと雲、これ水鳥のみならず、秋渡れば小鳥も甚少し、幾十年前にかヽること有しが、久しぶりにて同じさま也と、果して去臘大雪二回、今正月六日は雪深さ二尺お過ぐ、此都には珍しきことなりし、園池に水禽の少きは宜なる哉と雲れしにぞ、始て心づきける、禽鳥は気の先お得る者なれば、雪深かるべきお、予め悟りて、我邦よりは赤道に近き度数の地に渡れるなる当し、是まで一向に心得ざりしこ卜也、