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風俗文選
三/譜
百鳥譜 支考
三光は諦時に月日星といふなるよし、むつかしとも思はめや、仏法僧と諦鳥ありて高野の山にのみ住なる、是おも三宝とこそいはめ、しかるに鶯の法華経と唱ふる、さるは世さらに老めきたるわざ也、提壼(たうこ)の美酒おかひ、布穀の袴おぬげよといふは、皆おのれがゆえならねど、世の人のしからしむるものなるか、蜀魄の不如帰と諦は、きはめて托物の声ならくのみ、秋の雁の江夫におくれ、時鳥の暁の雲にさけぶ、いづれにかさだめ侍らん、雁はあはれに、ほとゝぎすは悲し、鸚鵡は恩おわすれぬよし、此国にはまれ〳〵なればよくもしらず、むかし蔡君が鸚鵡は、琵琶が身まかりし跡の名お呼つたへしに、心おいたましむ、瘴江のほとりおなじくあそべども、おなじくかへらずといへる、配所の詩ならば、さもあるべし、我国の鳥も、物はえいはずして、万里の別おしたひ行けるとかや、〈扶桑十夷志八、有飼鳥渡海慕主君之故事、〉是さへおもひかけぬ事なるべし、