[p.0530]
当世武野俗談
深川芸子米蝶
或時此米蝶、並弁天おかん、木綿やおきりなどいふ名題者三人連立て、八幡町お静にあゆみける時、仲町小鳥やの前にて、三人の芸子たゝずみ、小鳥お見て居たり、往来の人々も大勢立どまり是お見る、時に鳥やの亭主さも美しき鳥籠に入たる鳥お出し、いざ君達へ御覧に入べし、此鳥籠はかたじけなくも銀の箱にて、去やんごとなき御方より預りの籠なり、中の鳥は朝鮮渡りの島ひよどり、あたひ金三十両なりと、少し自慢にて見せけり、人々見とれて居たる時、此米蝶はつと走り寄、誠に見事に美敷鳥なり、されども此鳥のためには、此いみじき籠の中より、広野おこひ敷思ふべし、此鳥此やうにかたち美敷生れずば、かゝる牢中のくるしみは有まじきぞかし、価三十両は塵芥のごとし、小鳥の命は万金より重し、其代金は米てうが払可申とて、頓て鳥お取て大空へ飛せければ、雲井はるかに飛さりけり、鳥やお初め見物して居たりし人々、其大気に肝お消しけり、終に其代金米蝶が払ひけるとなり、誠に希有の者と、人々此沙汰世上に広がりしとなり、