[p.0558][p.0559]
甲子夜話
十七
青山新長谷寺〈曹洞宗〉の屋上に、鸛巣お構へて雌雄常に居る、住持これお憐て日々餌お与へて馴たり、後鸛卵お生ぜしが、或時雌雄とも何れへか往き、住持も他行せし折から、奴僕かの屋脊に上り、卵お取り煮て食せんとする中に、住持帰たれば、二羽とも庭中に立て哀訴する体なり、住持異みて彼是と思惟し、遂に其僕お糺て、卵お取の状お聞得たり、乃その煮たる卵お見るにはや熟したり、住持曰、この如くなれども、かの鳥の心お慰るには足らんとて、卵お元の如く巣に入れたるに、鸛喜たる体にて、又これお暖め居しが、是より後三四日も一羽見へず、人疑ひいたるに又帰来る、然に一草お〓み来れり、而その後卵遂に雛となる、人以て不思議とす、其草実屋上より落て庭中に生ぜしお見るに、いかり草〈漢名淫羊藿〉にてありしと雲、人評す煮卵の雛となりしは、此草の功能にはあらじ、彼鳥の至誠ならんと、