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北越雪譜
初編地
雁の総立(○○○○)およそ陸鳥は夜中盲となり、水鳥は夜中眼明也、ことに雁は夜中物お見る事はなはだ明也、他国はしらず我国〈○越後〉の雁は、おほくは昼は眠り夜は飛行(とびあり)く、眠る時は人に遠き処にて集り眠る、此時は首おあげて四方お見ている雁二羽あり、人これお番鳥といふ、求食(あさる)にもしか也、飛に列おなすは雁行とて、兵書にもいへり、人のしる処也、されど居るにも位列おなして漫ならず、求食時は衆あさり、遊ぶ時はみなあそぶ、雁中に一雁ありて、所為衆(なすこころみな)これに随ふ、大将と士卒とのごとし、人のきたるか、又はあやしきお見れば、かのばん鳥羽たゝきおなす、余のとりこれおきゝ、いかに求食ともねぶるとも、此羽たゝきおきゝあやまらず、幾羽も乱て飛あがり、さて列おなして去る、里言にこれお雁の総立といふ、雁の備ある事軍陣の如し、余の鳥になき事也、他国の雁もしかならん、田舎人には珍しからねど、都会の人の話柄にいへり、