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碩鼠漫筆

稲負鳥考〈○中略〉
按に鵇は字書どもに見えず、恐らくは鴇お鴾に訛り、再び鵇に訛れるなるべし、 鵴は字彙に烏老切、鳥名、竜龕手鑒に〓正、烏老切、鳥名也、鵴或作と見えて、実は鴇(つき)とも決めがたし、 太宇はもし鳭の音か、或は豆岐お訛れるにも有べし、 鳭は今本玉篇お見るに、搗丁糸切、又作糸切雲々、又竹交切とありて、搗字に作りたれど、宋本爾雅に、鳭鷯剖葦と見えたれば、鳭に作れるも訛りならじ、竜龕手鑒はた鳭と見えたり、但爾雅の郭璞註に、好剖葦皮、食其中虫、因名雲江東呼蘆虎、似雀青斑長尾とあれば、こは鷦鷯〈さヽき〉にて鴇には当らず、 紅鶴は所謂朱鷺にて、是はた鴇とせしは違へり、本草綱目巻四十七、水禽類鷺の註に見えたり、 桃花鳥は所出詳かならねど、鷦鷯お桃雀ともいふ事、本草綱目巻四十八、原禽類に見えたれば、是も夫等よりまぎれたる名ならん、但安寧天皇紀、諸陵式等に、桃花鳥田、垂仁宣化両天皇紀に、桃花鳥坂とあるは、古事記中巻の衝田、神武天皇紀の築坂と同じければ、これお鴇としたる事も、いと古くよりのならひと見えたり、 〓鴇鴇鴇は実に同じかるべし、玉篇に鴇布老切、鴇性不止樹、〓同上、集韻に鴇鴇鴇鴇、説文鳥也、肉出尺胾、或作鴇鴇鴇亦書作〓、字彙に鴇博考切、鳥名、似雁而大、無後止など見え、本草も水禽類に載たれば、是ぞよく都岐には当れる、 鳲は鳲鳩にて鳩にて鳩類なれば、こは誤なる事いふまでもなし、 鴾は玉篇に、莫侯切、鴾母、即䨄也、郭璞雲、青州呼鴾母とあれば、鶉ならん事慥なるお、其字体鴇に似たれば、おのづから訛れるなるべし、