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三国伝記

依一首歌盲鶏眼開事
和雲、中比伊豆の三島の大明神之社頭に、鶏多く有りける中に、盲雞一隻あり、自余の鳥共は虫類お啄み、全口米お拾ひて、嗉(ものはみ)の中に肉飽て、肥満して聯翩せり、此の盲鳥はいつも暗夜の如くなれば、時ならぬ時お作り、食ならぬ食お嗜、或は為童子打擲せられ、或は為猫犬驚き鳴く、無知南北局往還、不弁朝夕苦風霜、援に修行者の有けるが、此盲鳥の疲痩飢渇せるお見て、物お哀まば是に過たる事有べからず、穴かはゆやとて硯お乞ひて、其鳥の頸に短冊お付たりければ、鳥眼忽に開ひて物お見る事自在なり、社人等恠みて是お見れば、一首の歌にてぞ有りける、
鶏の鳴く音お神の聞きながら心づよくも目お見せぬ哉、此の歌神感に達しける故也、霊神の感応歌道にある事は不珍いへども、才に三十一字おもて神慮に達する事、誠に新たなる奇特也、