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碩鼠漫筆
十五
雉の名義
此名義お古事記伝巻十三〈廿二左〉に、伎芸志と雲名は、其鳴声お以負(つけ)たる物なり、〈凡て鳥虫獣などに、其鳴声お以名とせる例多し、〉雲々〈以上〉と見えたれどおぼつかなし、伎芸は其声ともいふべけれど、斯は如何にとも解べき由なし、さるに依て春村按ふに、こは聞知鳥(きヽしりとり)の義にて、そお下略せし名なるべし、〈但し次の岐お芸と濁るに、名と成〉〈て後の音便なるべし、原は必清音なりけむ事、下に猶雲おも見るべし、〉今かくおもひ得たるもまた同じ伝の十三〈廿四右〉なる、無名雉(なヽききヾし)お明せる条に、此度の御使に、かく雉鳥おしも撰びて遣はせしは、如何なる所以にか測難けれども、漢籍どもお見るに、雉は物聞こと聡く、又よく耿介(みさお)お守る鳥なりと雲〈へ〉れば、さる由にぞ有けむかし、〈礼記月令に、季冬之月雲々、雉吼註に、謂陽動則雉鳴而句其頸也、前漢書五行志に、雉者聴察、先聞雷声、故月令以紀気、また礼記に、士相見之贄各執雉、注に、取其守介不失節などいへり、以上、〉とあるに拠れば、漢書の聴察は、きヽしるとも訓べき事お思ふべし、かゝれば岐芸志は正しき名なるお、万葉集巻三〈卅右〉に、浅野(あさぬの)之雉(きヾす)、巻八〈十九右〉に、安佐留雉(あさるきヾす)、巻十〈十右〉に、春鶏鳴(きヾすなく)、巻十二〈四十一右〉に、片山雉(かたやまきヾす)、巻十三〈廿五右〉に、野鳥雉動(のつどりきヾすもとよみ)、巻十九〈十左〉に、左乎騰流雉(さおどるきヾず)、また八峯之雉(やつおのきヾす)等見えたるは、傍椴字お誤れるなり、此事も記伝巻十一〈十二左〉に、万葉十四〈七丁〉にも吉芸志(きぎし)とあり〈他巻に雉とあるも、皆如此 訓べきお、今本にきヾすと訓るは、古お知ぬ誤なり、〉と見えたるが如し、但し如此誤れる原は、倭名抄巻十八〈羽族類〉に、広雅雲、雉、〈音智、上声之重、和名、木々須、一雲木之、〉野雞也、〈古本には、雉亦作雉、また〓居苗反、鳪音卜、雉也、〉とあるよりなるべし、其所以は如何にといふに、須はすの音〈拗音しゆ〉なる事雲までもなけれど、摸虞韻と支脂之韻とは、互に通ふ古音の例にて、しの仮字とせしもの此彼見ゆれば、木々須も実はきヾしならむお、ふと通音に呼なれたるなるべし、〈○下略〉