[p.0727][p.0728]
嬉遊笑覧
十二/禽虫
鶉は歌に多くよめども、飼鳥にする事、古へは聞えず、後世慶長より完永の頃、鶉合大に行はれし事、其ころの草子どもに往々見えたり、犬子集に、籠もちつれてかへるさの袖、暮るより鶉合やみてぬらん、又発句帳〈貞徳〉詰籠てもしくはくはひとなく鶉かな、〈詩歌会の心にや、然らばしかくわいと書べし、〉又鶉の諦声に、七つさがりといふ事あり、籠耳に、大蔵といふ能の狂言師、鶉おすきて飼ける、ある時江戸へ下る道中、はたごやの門に、籠に入て鶉の掛てあるお、ふと聞ければ、なく声ふとく七つ下がりの名鳥なり、大蔵聞といなや、此鳥ほしくなりぬ雲々、岩翁が若葉合、第二介我やくそくも二処なり、月二夜鶉合は金ほどの声、麦うづらと称するは、麦秋の頃、諸方より取て出す、江戸には南部より多く来る、近年明和安永の頃、鶉合の事流行て、大諸侯競ひて是お飼はれける、鳥籠は金銀お鏤め、唐木、象牙、螺鈿、高蒔絵にて、皆一双づヽに作らせ、装束は足かけ天幕金襴猩々緋のたぐい、用ひざるものなし、其会日には、江戸中鳥好のものは、是また件のごとく美お尽し、よき鳥おえらび持出て、勝負おなす、鶉は朝おむねと諦ものなれば、必朝早く会あり、飼鳥屋は江戸中のものみな集り、よしあしお聞わけ、甲乙おさだめ、角力番付の如くに東西お分ち、一二お以てしるす、大奉書お横につぎて書付、東西の壁上に占付、もし一となれば、鳥屋共に祝義として、目錄お遣す、此費許多なり、凡鶉はよき鳥ありても、其音お移す付子などする事ならぬものにて、鶯などのごとく、其類出来ず、其うへ何ぞ驚さわげば、忽胸おうちて死する事あり、高価おもて買ふは、かはりたる物ずきにて、鶯飼おいやしむとかや、〈近頃は鶉お子お生せて、そだつるとなり、〉
鶉の雌おあひふといふ、懐子、草枯やあひ夫うづらも床はなれ、〈玖巴〉鶉お飼ふ者、よく其声おまねて口笛に吹ば、是お聞て雄なく、同集、なけばなく真似の入江のうづら哉、〈宗治〉西土には闘鶉とて、鶏のごとく戦はしむ、五雑俎雲、江北有闘鷯鶉、其鳥小而馴出入懐袖、覗闘雞、又似近雅雲々、鶉雖小而馴、然最勇健善闘、食粟者不過再闘、食際者猶耿介、一闘而決、故詩言鶉之奔々、言其健也、また花鏡に、凡鳥性畏人、惟鶉性喜近人、諸禽闘則尾竦、独鶉其足而舒其翼、人多畜之使闘、有鶏之雄、頗足戯玩、また小き布袋に納れ、身辺に近づけ、放ちて養ことなども記したり、此戯はこゝにてせざる事なり、唯放し飼にすることもなし、此外の鳥は放ち飼にする事、古くもありしなるべし、