[p.0780][p.0781]
竹取物語
中納言磯のかみのまうたりは、家につかはるゝおのこどものもとに、つばくらめのすくひたらば、つげよとの給ふお承て、何の用にかあらむと申、こたへての給ふやう、つばくらめのもたるこやすのかひおとらんれうなりとの給ふ、おのこどもこたへて申、つばくらめおあまたころしてみるにだにも、腹になき物也、だゞし子うむ時なんいかでかいだすらん、はう〳〵かと申、人だにみればうせぬと申、又人申やう、おほいつかさのいひかしくやのむねに、つくのあなごとに、つばくらめは巣おくひ侍る、それにまめならんおのこどもおいてまかりて、あぐらおゆひあげてうかゞはせんに、そこらのつばくらめ、こおうまざらむやは、扠こそとらしめ給はめと申、中納言よろこびたまひて、おかしき事にも有哉、猶えしらざりけり、けうある事申たりとの給ひて、まめなるおのこども廿人ばかりつかはして、あななひにあげすへられたり、とのより使隙なくたまはせて、こやすのかひとりたるかととはせ給ふ、つばくらめも人あまたのぼりいたるにおぢて、すにものぼりこず、かゝるよしの御返事お申たれば、聞給ひて如何すべきとおぼしめし煩ふに、彼つかさのくわん人、くらつまうと申翁申やう、こやすのかひとらむとおぼしめさば、たばかり申さむとて、御前に参たれば、中納言額お合てむかひいたまへり、くらつまうが申やう、此燕めこやすのかひは、あしくたばかりてとらせ給ふ也、扠はえとらさせたまはじ、あなゝひにおどろおどうしく、廿人のひと〴〵ののぼりて侍るなれば、あれてよりまうでこず、せさせ給ふべきやうは此あなゝひおこぼちて、人みなしりぞきて、まめならむ人おあらこにのせすへて、つなおかまへて、鳥のこうまん間に、つなおつりあげさせて、ふとこやすのかひおとらせ給なん、よき事なるべきと申、中納言の給ふやう、いとよき事なりとて、あなゝひおこぼし、人みなかへりまうできぬ、中納言くらつまうにの給はく、つばくらめはいかなる時にか、子うむとしりて、人おばあぐべきとのたまふ、くらつまろ申やうつばくらめ子うまむとする時は、おおさげて七度めぐりてなんうみおとすめる、扠七度めぐらんおり、ひきあげてそのおりこやすの貝はとらせたまへと申、中納言喜て、よろづの人にもしらせ給はで、みそかにつかさにいまして、おのこどもの中にまじりて、夜おひるになしてとらしめ給ふ、くらつまうかく申お、いといたく喜ての給ふ、こゝにつかはるゝ人にもなきに、ねがひおかなふることのうれしさとの給ひて、御ぞぬぎてかづけ給つ、さらによさり此司にまうでことの給ひてつかはしつ日暮ぬれば、かのつかさにおはして見給ふに、誠につばくらめ巣つくれり、くらつまろ申やう、おうけてめぐるに、あらこに人おのぼせてつりあげさせて、つばくらめの巣に手おさし入させて、さぐるに物もなしと申に、中納言あしくさぐればなきなりと腹立て、たればかりおぼふらんにとて、われのぼりてさぐらむとの給ひて籠に入てつられのぼりて、うかゞひ給へるに、つばくらめ尾おさげていたくめぐりけるにあはせて、手おさゝげてさぐり給ふに、ひらめる物さはりけるとき、我物にぎりたり、今はおろしてよ、おきなしえたりとの給ひて、あつまりてとくおろさんとて、綱お引すぐして、つなたゆるときに、やしまのかなへのうへに、のけざまにおちたまへり、〈○中略〉からうじて御心ちはいかゞおぼさるゝととへば、息の下にて物はすこしおぼゆれど、こしなむうごかれぬ、されどこやすのかひおふとにぎりもたれば、嬉敷おぼゆれ、まづしそくさしてこゝのかひかほ見むと、御ぐしもたげ御手おひろげ給へるに、つばくらめのまりおける、ふるくそおにぎり給へるなりけり、