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春鳥談
宇倶比須総論
京大坂には三光お囀るお至れりとす、又近来吉日と鳴お佳として流行す、〈○中略〉江戸にては多く上方の鶯お賞せず、もつはら法華経と人の唱ふる如く、たゞしく諦くお貴ぶなり、但しその法華経とたゞしく諦く鳥は得難きなり、また法華経ときこゆる中に、なほ種々好惡ありて、かつ音色にも太口細口あり、ふとくちとは、こえにはゞの有るおいふ、ほそくちとは、こえにはゞの少きお雲也、音色はいかにも美にして、高尚に聞ゆるお佳とす、上品なるは細口にあり、然れども太口にて音の最優美なるには如(しか)ざる也、又声の俗にいふ黄色に光るやうなる音色あるは、薮口と卑めて、口調佳也といへども畜ざる事也、すべて鶯は、一声は高く、一声は中音、一声は低く、律中呂お雑へ諦くもの也、其高きおたかねといふ、是律也、其中音おなかねといふ、其低きおさげといふ、是呂也、善通にこれお上中下(あぐなかざげ)の三音といふ、其三音の中に、さげお肝要として、鶯の勝劣は、多く呂音さげにあり、上はひいーと発し、中はほうー下はほほほーと諦お玉と呼ぶ、又総て発音おだしと呼び、法華経と諦おむすびと呼ぶ、〈但し法華経の仮字はぼけきやう也、鶯の音はほけきよおと聞ゆ、〉かくてほけきよおのきとよと分りて聞ゆるおかなぐちといふ、きよおと経(きやう)の字音に聞ゆるおむじぐちといふ、按ずるにかなは仮字(かな)也、むじは文字の訛れる也、仮字口と雲に対しては、具字口(まなぐち)とこそいふべけれ、古老相伝ふ、五十年前の鶯は、みな仮字口にてありしとなり、きよおと聞ゆる鳥の出しは、近年のことにて、それよりかな口の鳥は廃れたり、然れどもぼけきよおと人語のごとく諦鳥は、今尚希にて、大概の鶯は仮字にも至らず、ほけぴう、ぼけぴよう、ほけきや、ほけきよ、ほちきよ、ほぜきく、ほきけくなどやうに聞え、あるひはほけき、ほけこ、ほけくとも諦に、かの薮鶯に至ては、ほうほけ々々、ほヽヽほけちなど、おのがさま〴〵に鳴故に、上ひ引たる三才図会に、或如曰古計不尽(こけふじと)とあるも、げにしか聞えけんかし、〈○中略〉
鶯籠(○○)並籠桶(○○)の製方
鶯籠諸鳥の籠に異なる事なし、美悪共に普通の白竹にて、盆の足お高くするのみ、但し凡そ二寸許にて、其下に一寸許の台お居て、其上に籠お置也、此籠の細工に工拙有り、今都下にて上手二人あり、其一人お甫助と雲、籠に焼印にてほの字お銘す、仮初に見れば尋常の製なれども、籠の四面少しも曲なくして、角と角とお両手にて押動かすに、なほゆがまざるの妙あり、
鶯籠おいれ置箱おこおけといふ、こは籠也、おは称言、けは笥にて箱也、宗五大草紙に、籠桶に作る是也、禽舗にて子桶と書は本字お知ざる故也、其製はかならず桐の薄板にて製する也、いかんとなれば、琴に桐お用ふるとひとしく、もし堅き木お用ふれば鶯の鳴音お害す、桐お用ふれば、其音やはらかに響て聞ゆるが故也、此箱大なるほどお佳とす、曲尺にて口径およそ竪一尺五寸、横一尺一寸、長二尺七八寸許に製するお聞籠小笥(きヽこおけ)といふ、または大籠小笥とも呼ぶ也、なほ人々のこのみによりて大小あるべし、つねの籠桶は、口のわたりおよそ竪一尺一二寸、横八寸、長一尺七八寸、これお小籠桶といふ、筥の上に環お打て提歩行に便ならしむ、大小ともに口は腰障子お少し内に入れ、建戸(けんとん)とし、其外また建戸蓋お作る、障子の紙は大高檀紙、或は奉書大痒お用ふ、声おこもらする為に紙の厚お可とする也、常の小籠桶は半紙または反古にても可也、大籠桶の障子の骨は、太く十文字にして俗にいはゆる、蒲鉾形に中お高くす、そは唯形容の美なるに取るのみにあらず、たてはづしに利あれば也、鶯お愛する事甚しきにいたりては、この障子お飾るに、骨は唐木お用ひ、或は黒漆に塗て、金粉おいかけ、腰板には金銀お蒔絵にして荘厳お尽し、筥の桐も島桐の糸正目の細密なるお択びて製するにいたれり、