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当世武野俗談
根津の烏お岩
根津の遊女に川島やのお岩と雲有、是お烏岩々々と雲、其いはれ、此女小袖のもやう、すべての道具に、悉く烏お付たり、塗枕にまで烏お絵がゝせり、夏各の衣裳寝道具にも、皆烏お付るなり、何として烏お付、ると謂お聞けるに、此女が親甚かるき者にて、今日のいとなみもつきはて、拠なきに付、二人の親の為に、此根津へ身お売られたり、されども更に親お恨る心なく、此お岩が平生申けるは、人倫として親お思はぬは有べからず、烏と雲鳥は、反哺の孝とて、親お養ひ返すとかや、然ば人間の子として、親お養はずんば有べからずとて、勤の中も両親お大切にして、客お大事によく勤お丁寧にして、金銀不時に得る時は、己が為にせず、両親おみつぎける、されば反哺の孝お忘れまじきとて、烏お何にもかにも付たり、夫故烏お岩といふ名おば取けり、