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芭蕉文集
烏之賦
一烏小大有て名お異にす、小お烏鵲といふ、大お觜太といふ、此鳥反哺の孝お讃して、鳥中の曾子に比す、或は人家に行人おつげ、天の川に翅おならべて二星の媒となれり、或ひは大年のやどりおしりて春風おさとり、巣おあらたむといへり、雲の曙の声寒げに、夕に寐所へ行なんど、詩歌の才士も情あるに雲なし、絵にもかゝれてかたちお愛す、隻貪猶の中にいふ時はその徳大いなり、又女が罪おかぞふる時は、其徳小にして害又大なり、就中かの嘴太は性佞強悪にして、鷲の翅おあなどり、鷹の爪の利ことお恐れず、肉は鴻雁の味もなく、声は黄鳥の吟にも似ず、諦時は人不正の気お抱て、かならず凶事おひいて愁おむかふ、里にありては栗柿の梢おいらし、田野に有ては田畑お費す、粮々辛苦の労おしらずや、或は雀のかい子おつかみ、池の蛙おくらふ、人の尸おまち、牛馬の腸おむさぼりて、終にいかの為に命おあやまり、鵜の真似おしていやまりお伝ふ、是みな女むさぼること大にして、其智お責ざる誤りなり、女がごときは心貪欲にして、かたちお墨に染たる、人に有て売僧といふ、釈氏も是おにくみ、俗士も甚うとむ、鳴呼女よくつゝしめ、羿が矢先にかゝつて、三足の金烏に罪せられんことお、